ポツリポツリと考えます

わたしは今、レストラン・ピアチェーレでアルバイトをしています。


大学を卒業したのが2005年の3月。就職をせずにいわゆるフリーターになって、いくつかのアルバイトをしながら暮らしていました。2007年に縁あってあるレストランで雇ってもらって、2009年までの2年間、そのレストランで働きました。そして2009年の6月から、その本社に就職して、生まれて始めて正社員になりました。でもあっけなく2010年の5月に辞表を提出して退職しました。結局正社員としての仕事は1年しか続きませんでした。


理由はいくらでも挙げられますが、つまるところはわたしの力の無さだったと思っています。力がなかったために、追いつめられてしまったのだと。自分で自分を追いつめてしまったのだと。


何もなくても毎日のように泣いていました。怯えていました。こわくてこわくてたまらなかった。生まれて初めて無断欠勤もしました。電車に乗ろうと思って家を出たけど、途中で気持ち悪くなって、歩けなくなって、涙もとまらなくなって、そのままずっと歩き続けました。毎日のように人が死ぬ夢を見るようになりました。毎日のように人が殺される夢を見るようになりました。毎日のように人を殺す夢を見るようになりました。この夢はなんだろうと思いました。


わたしは仕事を辞めたくありませんでした。毎日毎日仕事に行くのはすごくしんどかったけれど、もう指一本動かしたくなかったけれど、辞めずに乗り越えたかった。みんな、そうしてがんばっているのだから、わたしもがんばらなくちゃいけないと思いました。程度の差こそあれ、この社会で働いている誰もが、たくさんの嫌なことや、ストレスや、プレッシャーと戦っているのだから、わたしも戦わなくちゃいけないと思いました。わたしはこんなにも弱っちいけれど、だからこそ、わたしはわたしを強くしなくちゃいけないと思いました。わたしにもきっと乗り越えられるはずなのだと思いました。


でも、できませんでした。途中で投げ出しました。周りのみんなが今も耐えていることから、わたしはいち早く逃げました。逃げたときにはせいせいしました。


友達の話を聞いたり、友達のブログを読んだりしていると、みんなはまだ戦っているのだということがよくわかります。悩んだり、苦しんだり、胸を痛めたりしています。そういう言葉を見ていると、どうしてこういうことになっているのだろうと思います。誰の(何の)せいで、こんなことが起きているのだろうと思わずにいられません。みんな、ただ、切実に生きているだけなのに、なんでこんなにも傷をつくらなくてはいけないのだろうと思います。その傷は、その仕事のために、本当に必要なんだろうかと思います。


誰かが苦しんでいることを知ったとき、傷ついていることを知ったとき、その傷の痛みに涙を流しているとき、今のわたしにはかける言葉を見つけることができません。戦い抜かずに逃げ出したわたしの中には、蓄積されたものがありません。何か言葉をかけたくても、何もありません。


仕事を辞めたことがわたしにとって、長い目で見たときに、よかったのか悪かったのか、たぶん正解は出ないのだろうと思います。でもわたしは仕事を辞めて手にしたいものがあったから、そしてそれは、この仕事を辞めない限り手にするのは難しいだろうと思ったから、だから辞めました。手にしたいものはまだわたしの手の中にないけれど、それは死ぬまでずっと育んでいかなければいけないものなので、死ぬときに「よかった」と思えるようにがんばるしかありません。だから辞めたことを今は後悔もしていなければ、諸手を挙げて喜んでいるわけでもありません。わたしはただ、選択をしただけです。


それでも、友達が仕事で傷ついているとき、わたしは自分にもうちょっと強い力があったらなと思わずにいられません。その痛みを乗り越える力強さがあったなら、その痛みを乗り越えた蓄積がわたしの中にあったなら、何か言葉をかけることができるのにと思わずにいられません。なのにわたしは、彼女の痛みをただ、想像することしかできない。


そんなことをしばらく前からポツリポツリと考えていました。何度も繰り返し、ポツリポツリと考えていました。


でもどんなに考えても結局、わたしには励みになるような言葉は何も思い浮かびませんでした。これからもポツリポツリと考え続けるだけです。そうしてわたしの中で、彼女が主人公の物語が少しずつできあがっていきます。わたしが言葉にできることがあるとすれば、きっとその物語だけです。


その物語は彼女にとってなんの励みにもならないかもしれません。励みにしてもらおうと思って作られるものでもありません。ただ、できあがっていくものです。


だからひとつだけ伝えたいことがあります。


わたしは今、キミと一緒にキミの物語を作っています。キミの物語とともにわたしの物語もあります。わたしはそういう日々を愛しく思っています。


わたしはそういうことをポツリポツリと考えることしかできないけれど、考え続けたいと思います。